●バリの舞踏
Nandir
 コリン・マクフィー(1901〜1964)の「A HOUSE IN BALI」は1946年に出版された。日本語訳は1990年に「熱帯の旅人(大竹昭子訳)」として河出書房新社から出されている。1931年〜1938年までの通算5年間のバリ滞在の話がマクフィーの敏感な観察力によってまとめられている。60年も前の話であるが、現在のバリにも通じる事柄が多く、身近に感じられ、大変興味深く読むことができる。その数ある興味を引くものの中に“Nandir・ナンディール”という踊りがある。日本語訳にはナンディールとは「レゴンと同じ踊りを男の子が踊るものです。今はもう観られませんが、昔はよく、男の子が女の子の踊りを踊ったものなんです。」原文には「It is no longer danced. It was the origin of legong. Boys took the part of girls then more often then now.」と書かれてある。そして用語解説には「少年達が女装して踊る宮廷舞踏で、レゴンの前身。のちにこれが少女によって踊られるようになりレゴンに発展した」と説明されてある。60年も前にすでに廃れてしまった踊り、いったいこの踊りはどんなだったのだろう。もう再び観ることは出来ないのだろうか。そう考えると無性に観たくなるものである。なんとか観ることは出来ないだろうかとバリ人に尋ねるうち、ひとりのバリ人がテガラランのタロ村で観られると教えてくれ、さっそくチャーターすることにした。  タロ村はUBUDの北方に位置し、テガラランの街道から西に折れ、深い渓谷を越えた山の中にある。直線で12kmの地点で距離的にはUBUDから近いのだが、道が曲がりくねり、悪路のため1時間もかかってしまう山間の村である。幻の踊り“ナンディール”は、Pura Agung Gunung Raungの横にある集会場で披露された。
 残念なことに、少年によって踊られると信じていた踊りが、なんと女の子の踊り手が登場してきた。そして、衣装や振り付けも、現在観られる女性舞踏とほとんど変わらず、期待が裏切られた気分である。演奏に使われたガムラン・スマル・プグリンガンは500年前からこの村に伝わるといわれ、スリンを活用した曲調は、山間の村に響き渡り感動的であった。いつか60年前のナンディールが再現されるとしたら…それは無理だろう。電気のなかったその頃、松明かココナツ油のランプの薄暗い明かりの中で、なまめかしく少年が踊ったであろうナンディールは、いったいどんな振り付けで、どんな衣装であったのか、知る手立てはなく、私達は頭の中で想像するしかないのだろうか。
Nandir photo
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