今、この本を手にしている貴方は、バリの民族芸能を一度は経験された人の筈です。バリ舞踊やガムランを習ってらっしゃる方も、大勢いるかと思います。
日本に帰ってからもガムランを聴いて、バリの思い出をフラッシュバックさせたい、そう思ってモンキーフォレストのカセットショップに走った人も多い事でしょう。ところが、そこに待ち受けるのはおびただしい種類のカセットの壁。どれを買ったらいいのか判らない。自分が何を欲しいのかも判らない。あれこれ迷ったあげく、結局は、ちっともベストじゃない、『BEST SOUND OF BALI』なんかを買って、
「俺が聴きたいのは、こんなんじゃないんだー!」
と嘆いた人も、一人や二人ではない筈です。
そんな人の為に、私なりのカセットの選び方をお教えいたしましょう。
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■CHECK POINT 1 【音質の確認】 |
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ご存じとは思いますが、ことガムランに関しては、洒落にならないくらい粗悪な音質のカセットが、立派な商品としてバリでは流通していますので、購入する前に試聴する事をお勧めします。勿論、店のデッキでの試聴も出来ますが、出来れば店員の了承を得て、持参した自分のウォークマンで確認した方が良いでしょう。この場合、この位が我慢の限界、というレベルのテープと較べると良いでしょう。どのみち、オーディオマニアを唸らせる程、素晴らしい音質の物など期待出来ませんので。 |
■CHECK POINT 2 【きちんと収録されている事を確認】 |
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片方のチャンネルが入っていなかったり、片面が全く収録されていなかったりする欠陥商品も見受けられます。又、テープの長さが足りなくて、曲が途中で切れている、なんて事もしょっちゅうです。これも注意しなければなりません。 |
■CHECK POINT 3 【収録内容が正しい事を確認】 |
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これに関しては、曲を知らないと確認のしようがありませんし、まさか店先で一本を聴き通してから、
「やっぱり買わない。」
なんて言う訳にもいかないので、ある程度は諦めて下さい。念の為に断っておきますが、曲順が違う程度の事は頻繁にあります。 以上のチェックの順番としては、まずA面を頭から再生して音質、そしてケースと中身が合っているかどうかのチェック、少ししてからB面にリバースして、B面が最後まで収録されている事を確認、そのままB面を巻き戻して、B面が最初から収録されている事を確認、最後にA面にリバースして、A面が最後まで収録されている事を確認、といったところでしょうか。ああ、面倒くさい。
さて、では、実際には何を買ったらいいのか?
ごひいきのグループがある場合は、迷う事はないでしょう。そのグループのカセットを買えばいいのです。踊りやガムランを習っている人も、自分が練習に使用しているカセットを買うでしょうし、先生に勧めてもらってもいい訳ですから、問題はありません。
でも、一般の旅行者の場合は、そういう訳にいきません。
「良く判らないけど、いいのが欲しい。」
こういうのが一番厄介な訳です。
ま、適当に数本選んで、当たった外れたなんてやるのも楽しいものですが、例えば私だったら、以下にあげるような基準で選んだカセットを、人に勧めます。 |
●その1 【バリ舞踊の伴奏音楽】 |
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舞踊を伴う楽曲としておさえておきたいのは、BARIS、TARUNA JAYA、LEGONG LASEM、OLEG TAMULILINGAN、PENDET、KEBYAR TROMPONといったところです。これらの内、三曲以上が収録されているカセットを一本捜して下さい。これが入門用です。特に、BARISだけは絶対に外さないで下さい。基本中の基本です。 |
●その2 【本式のレゴン】 |
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さて、上記『その1』の方法で選ばれたカセットは、まず間違い無く、GONG KEBYARという編成で演奏されている筈です。実は、前述の中の一曲、LEGONG LASEMを演奏するには、専用の楽器群があります。一世代前の編成で、SEMAR PELEGONGANと言いますが、一般には、SEMAR PEGULINGANという名で通っています。出来れば、LEGONG LASEMを、SEMAR PEGULINGANで演奏している物も一本加えて下さい。
ここで少々問題があるのですが、LEGONG LASEMは、全曲で30分以上もある大作の為、ダイジェストしていない限り、60分テープが主流のバリでは、A面とB面に振り分けられている事が多い様です。しかし、途中でブチッと切れてしまうのでは、何とも興ざめです。出来るなら続けて聴きたいものですが、丁度いいカセットがあります。PELIATANの有名なグループ、TIRTA SARIが、様々な種類のLEGONGを収録した、90分に渡る長尺のカセットを発表しており、これは切れる事なく、最後まで聴き通す事が出来ます。他のカセットと較べると、値段も2割程高いのですが、演奏内容も素晴らしいので、これをお勧めします。オレンジ色のカバーで、タイトルは、『THE CLASSICAL LEGONG KRATON OF PELIATAN』です。 |
●その3 【スマル・プグリンガンの演奏曲】 |
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その2でお勧めしたのと同じSEMAR PEGULINGANで、演奏曲を中心に収録されたカセットもお勧めです。元来、SEMAR PEGULINGANという編成は、王宮でムードミュージックを演奏するのに使用されていた、という事もあってか、GONG KEBYARと比較すると随分と甘い音色をしています。TABUH SEMAR PEGULINGANという文字のあるカセットを見つけたら、要チェックです。TABUHとは、演奏曲という意味です。因みに、曲名にTARIとあったら、それは踊りのバックミュージックという事。しかし、必ずこの表記があるとは限りませんので、これは余り頼りにしないで下さい。
UBUD近辺のSEMAR PEGULINGANで有名なグループの一つに、GUNUNG JATIがあります。定期公演を行っていないので、一般の観光客が見る機会は少ないのですが、ガムランの音色が枯れていて、なんともいい雰囲気です。ゆっくり酒を飲むには最適であるという個人的な趣味で、このグループの演奏曲を多く収録したカセットをお勧めします。しかし、私もこのグループのカセットを5本程購入しましたが、どれ一本として、カバーにグループの名前が書いてありませんでした。では、どこで見分けたらいいのか、というと、どこの村のグループであるか、という表示で認識する訳です。バリでは、基本的には村単位にグループがあるので、村の名前がそのままグループを代表する事が多いようです。具体的には、GUNUNG JATIはTEGESのグループですから、BR TEGES PELIATANの表示があれば、GUNUNG JATIであると思って間違いない訳です。 |
●その4 【バリの雅楽・ルランバタン】 |
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お寺のお祭りの際、舞踊が奉納される前に、ゆるやかな速さで、延々と厳粛な雰囲気で演奏をしているのをみかけますが、これは、LELAMBATANという形式の演奏で、この形式の曲のみを収録したカセットも多く発売されており、一本は欲しいところです。本来は、GONG GEDE、直訳すると、大ガムラン、という編成で演奏するのが本式なのですが、何故かこの表示をカバーで見たことは一度もありません。ま、GONG KEBYARで演奏しても、曲の形式がLELAMBATANなら問題ない訳ですが、編成はどうあれ、出来れば、どっしりと落ちついた、格調高い演奏を聴きたいものです。選び方としては、カバーに、LELAMBATAN KUNOという表記があるもの。KUNOとは、古典という意味で、この表示があるカセットは、ほぼ間違いなく重厚な音を出しています。先ず最初にトロンポンが、トロン、ポーンと独奏を行い、少ししてスリン(笛)とルバブがメロディーを追いかけ、クンダン(太鼓)が、ドゥワカパドデカパと入ってきて、全楽器が一斉に、ジャーンと一発だけ鳴らす。ここまでの所要時間は約一分。この段階で、お香の匂いを感じたら即、買いです。
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●その5 【グンデル・ワヤン】 |
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影絵芝居用のガムラン、GENDER WAYAN(GENDER)も、要チェック。何せ音の響きが繊細なので、出来るだけ録音状態の良いものを選んで下さい。音楽と一緒に、芝居の語りも入っているものもありますが、こっちの方は語りが中心なので、余りお勧め出来ません。どうせ、何言っているのかなんてわかりゃしないんだから。 |
●その6 【ヘッド・バンカーご用達!バラガンジュール】 |
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パレード用のガムラン、BALAGANJURも悪くありません。火葬の行列で見た事のある人も多いと思います。チェンチェン・コピャックという肉厚のシンバルをジャカジャカ鳴らす、やたら騒々しいあれですが、ハマるとけっこういけます。選び方はいたって簡単。
「は、はやいー、は、はげしー、か、かっちょいー!」
こう思ったら、OKです。これに関しては、微妙な味がどうのこうのなんて面倒くさい事言ってないで、ヘビメタの乗りで聴いて下さい。頭を振りながら聴いても気持ちいいでしょう。私はやった事はありませんが。
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●その7 【ジェゴグ】 |
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竹の巨大ガムラン、JEGOGも、是非欲しいところです。竹という、比較的柔らかい音を出す素材を使用しているにもかかわらず、連続する重低音がかなり暴力的な気分をそそってくれて、破壊力満点です。とにかく、重低音が綺麗に録音されているものを選んで下さい。3分程聴いて、血がざわざわ沸き立って来たら、迷わず買いです。これも頭が振れそうです。 |
●その8 【バリのサロン音楽・リンディック】 |
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同じ竹のガムランでも、もっと親しみ易いのが、RINDIKです。同名の二台の竹製の打楽器と、スリン(笛)が中心の、レストランなどでよく見かけるあれです。これも一本買っておくといいでしょう。聴くに際して、特に気負いみたいなものを必要としないので、日常聴ける生活音楽として、日本に帰ってから重宝します。日本ではビクターとキングから、かなりの数のガムランのCDが発売されていますが、余りに庶民的で学者さんの研究対象から外れているのか、何故かRINDIKはCD化されていません。あんなに気持ちがいいのにね。 |
●その9 【聴く覚醒剤・ドゥグン】 |
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厳密にいえばバリのガムランではないのですが、すっかりUBUDの音として定着しているのが、ジャワのDEGUNGです。欧米人の多いレストランで良くかかっている、ちょっとリズムがテクノっぽくて、スリン(笛)とサロン(金属製打楽器)のメロディーが異常にわかりやすいわりには、みんな同じ曲に聞こえてしまう、あれです。一本くらいあってもいいかもしれません。これについては、はっきりと指定できます。SABILULUNGAN。演奏は、UJANG SURYANA。何かをしよう、という気を一切取り除き、人を駄目にしてしまう音です。最近では、DEGUNG様式を取り入れたシンセサイザーの演奏中心のカセットも人気があるみたいですが、やっぱり、どこを切っても同じ音の、金太郎飴のようなSABILULUNGANが基本ですよ、基本。 以上、思いつくままに挙げてみましたが、少しは参考になりましたでしょうか?
え、なに?種類が多すぎる?これさえ聴けば、他は一切必要がないと言う程、バリの芸能の神髄を全て完璧に網羅している一本が欲しいですって? |

そんなのありません。
さあ、様々な苦難を乗り越えて、ようやくお気に入りのカセットを手に入れ、ご満悦のご様子。でも、安心するのはちと早い。バリのカセットはすぐに『ワカメ状態』になります。ウニョウニョビロ〜ンに腹をたて、せっかくの思い出をゴミ箱にたたき込むような悲劇が起こる前に、コピーをとっておきましょう。又、ラベルが貼っていないのが普通なので、買ったらすぐにインデックスラベルを貼りましょう。さもないと、どれがどのテープやら、皆目見当がつかなくなってしまいます。ついでに、誤録音防止のツメも折っておきましょう。
では、ビールとガラムを用意して、リスニングルームにこもり、左右のスピーカーから押し寄せる音の波にさらわれて下さい。 |
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