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2003.8.31 [日] 

昨夜はみなこさんの愛の巣に泊めて頂いた。
先日の南京玉すだれ合宿の様子を撮ったビデオを見て反省会をした。
玉すだれの反省というよりも、私の着付けがあまりに格好悪く、そっちの方の反省をした。
そして旦那様お手製のとてもおいしいタンタン麺までご馳走になった。
他にも沢山のレパートリーをお持ちのようでほんと、羨ましい。
ちょうどこの日の新聞に旦那様のお仕事のことが載っており、私は帰宅してから親に自慢しましたよ。自分のことじゃないのに。

みなこさんと観た映画「ゲロッパ」は、うーん、まあまあ、かな。
私の中では、インドのスーパースター、ラジニ・カーントのような西田敏行を期待していたのだが、ラジニ兄貴の方が断然格好イイな。

新宿でお茶してみなこさんはお芝居へ。
話に花が咲いて楽しい2日間でした。
またしても沢山お世話になっちゃいました。
ありがとうございました!

2003.8.30 [土] 南京無双じゃないロープ術

くもり、少し晴れ。

今日もいろいろ盛りだくさん。
先週に引き続き西荻で着物屋さんめぐりをすべく、昼過ぎに待ち合わせた。
月末だから豆千代へ、と向うが残念ながら夏休みでお休みとのこと。
モダンの方だけのぞき、他数件をひやかし、さて今度は神田へ移動。
「江戸文化体験塾 和妻・奇術〜江戸のトリックに挑む〜」
と銘打った講座にみなこさん・かずさんとで出席するのだ。
私達が挑んだのは、
三本のロープそれぞれの端を結んで輪を3つ作る、と思いきやいつのまにか3本のロープが一つの大きな輪になっていた!!!!!!!!!!!!
というもの。
これを延々2時間練習いたしました。
正直いって私は、水芸のような大掛かりなものを見せてもらえるのかと期待していたので、ちょっと予定外。でもまあ挑んだ甲斐があってか少しはそれっぽくなったような気がしないでもない。

晩御飯は、みなこさんの日記にも載っていた、着物好きが見たら怒る店、で頂いた。
とりのスープをご飯にかけてたべる、ちょっと変った、でもおいしい夕食だったが、
しかし、これは怒る人いるでしょうね。
なんてったって、地球マークのしっかり入ったマッサラの状態の大島紬の反物を、ざくざくと無造作に裁ち落し、切りっぱなしの状態で店内にぷら〜ん、ぷら〜んとぶら下げたり、テーブルクロスの下に敷いたり、壁に貼り付けたりしているんだもの。
ざっとみたところ反物3本はつかっているな。
その内の一本は黒地に白と赤でさや型を織り出した大島紬で、きものサロンの今年の冬号だったかに載ってたものにすごくよく似ている。あれは確か頒布用に幾らか安くして買い手を募っていたが、それでも手が出ないからと諦めたおぼえがある。
ある意味、内装に金かけてる店である。

2003.8.29 [金] 11:13 pm

晴れ。暑かった。
昨日の夕焼けはキレイだった。

作業場の土間で、小さな雌のクワガタをみつけた。
山の中の一軒家なので、夜などはうちの灯りを頼ってか虫が集まる。
はっきりいって来て欲しくない虫が殆ど。
このクワガタは、捨ててもいいんだけどちょうど小さい男の子のいるパートさんに声をかけたら、欲しいので持って帰るという。
空き箱に入れておいたが帰る時に忘れていたらしく置きっぱなしになっていた。
次にこの人が来るのはまだ数日先になるので、それまでうちで飼うことにした。
私の食べ残しのスイカを与えたら、気に入らないのか全然箸をつけず、じっとしまま。
やがて諦めたように食べ始めたがあまり食が進まない様子だった。
パートさんに渡すまで元気でいてくれればいいが。
このパートさんの話では、この手の小さな雌のクワガタを以前飼い、冬を越させたことがあるという。死んでると思っていたら春に動き出したのでびっくりしたという。
カブトムシやらでかいクワガタなんかだと越せないらしい。
ふーん。

彼女(クワガタ)は顎を開け閉めして、今では私の食い残しのスイカをむさぼっている。
あと数日、女同士で仲良くしようじゃあないか。
げへげへ。

2003.8.26 [火] 4:44 pm

くもりのち雨、のち晴れ。でも暑い。

水道の調子があまりよくないので、水道屋さんに来てみてもらった。
予想はしていたけど、半年ほど前に別の業者にポンプその他を移設してもらったときに何か不手際があったらしく、どうやらそれが原因で具合が悪くなったらしい。やれやれ。

水道を見てもらっている間に、ここんとこサボりまくっていた草刈りをした。
よく分からない、やたらと馬鹿でかくなる変な草が群生しており、いつのまにか優に2mを超えていた。もしかして麻の仲間かなあ。早く育つし真っ直ぐだし、葉の形も似ているような。
この草はもともとうちには生えていなかったもので、隣の空き地に地主が怪しい産廃みたいな泥をどっかのブローカーを通じて大量に入れ、その時一緒に持ち込まれた種が増えた挙げ句のものらしい。やれやれ。

持病が再発して家族が入院することに。
やーれやれ。

写真は、これもみなこさんにとって頂いた長野の玉すだれ合宿にて、親睦会の様子。つまみのイカをくわえて調子に乗っている私。いかつい顎が、荒々しいタッチの少年劇画みたいですごい顔だ。

2003.8.25 [月] 11:17 pm

晴れ。暑かった。

だらだらと仕事をした。いいのだろうか、こんなことで。

写真は、みなこさんにとって頂いた長野の玉すだれ合宿にて、親睦会の様子。太鼓を叩いている私。順番が回ってきたのはいいけど、叩き方がわからず、思いっきり隣をカンニングしているところ。

2003.8.24 [日] 

晴れ。暑かった。

昨日に引き続き、今日も人と会う予定。

今日が最終日という目黒雅叙園のサマーイベントへ行った。
集まった5人のうち、私を含めた4人が着物で、彼女らとは去年の着付け教室で出会って以来の付き合いだが、まさかこんなに着物が定着するとは思っても見なかった。
雅叙園は、いやーすごいすごいとしか言いようがなく、いいもん見せてもらった、という感じ。
なんかタイガーバームガーデンに似た嗜好だなあ。
噂のトイレにも入り、更には、帯を結び直したいという友達がいたので更衣室を使わせてもらい、すっかりくつろいでしまった。
更衣室には他に誰もおらず、広くて天井も高かったため、
これはしたりと、さっそく玉すだれを見せて自慢した。うひひ。
解説をしてくださった方のお話も面白く、途中、この暑さでフル稼動させたからか何回かブレーカーが落ち、クーラーが切れたものの、楽しくすごくことができた。

夕方からは高校時代の友達と、これも5〜6年ぶりくらいに再会した。
友達の家に私を含め4人で集まったが、他に彼女らの子供も同伴なので、3人のちびさん達がはしゃぎまわり、大変な騒ぎとなった。
子供が肉団子のタレでベタベタの手でしがみついてきたが、こういう時に木綿の着物って助かるなあと思った。子供相手に汚れを気にして振る舞うのは不可能だし、木綿ならば遠慮せずにさあこい!となるものね。

2003.8.23 [土] 

晴れ。暑かった。

英会話の先生に南京玉すだれをご披露した。
あまり上手く行かなかったが、とりあえずインパクトを与えることはできたようだった。

この後、大学時代の友達と、ほんとーに久しぶりに再開した。
彼女のご希望で場所は西荻。
ムーハンの席が空くのを外の道で待つ間、ここでも得意げに玉すだれを「後光」にして広げてみせ、何故玉すだれを?と不審に思われたようだった。
ご飯を食べ、界隈のアンティークショップをのぞいて歩いた。
2人ともこの辺りにはもともとそれなりに詳しかったが、改めてみてみると少しずつ街には変化があり、特にアンティークやさんの数が以前よりもかなり増えているような気がした。
久しぶりに会った彼女はこの2年ほどを夫の仕事の都合で海外で過ごし、その間に骨董に興味を持ち、帰国してからも関連した仕事に就いているという。
今日の私は片貝木綿藍型染めを浴衣にして着ていたが、仕事柄もあってか彼女も着物に興味を持ってくれたようで、もしかして私にとって初の、友人の着物好化に成功するかもしれない。嬉しい。
楽しい一日であった。

2003.8.22 [金] 9:07 pm

晴れ。暑かった。
夕焼けもこんがり、明日も天気か。

こないだの旅行で着た麻の着物を洗濯した。
この着物を洗うのは初めてだ。
汗かきなので多少の覚悟はあったが、あの日、帯の下が大変なことになっていた。
色移りして、白く抜いた蜻蛉柄が紺色に染まっていたのだ。
それでも着てしまえば分からない位置だからと気を取り直し洗濯したら、もっと悲しいことが。
蜻蛉の他に、やはり白くほそーい線で南天や芝が染め抜いてあったのだが、これらが、殆ど、そこにあるとわからないくらいに、紺色に、染まって、消えてしまったのだ。
がびょーん。
洗濯の時に色移りしたものか。
そういえば蜻蛉の白もちょっと紺色がかってしまっている。
がっかりー。
古着だったので既に何回も洗いざらしてあるのだろう、くらいに思っていたが、意外とそうでもなかったのか。蜻蛉の柄もよかったけど、多分今はあまりないような細い細かい白抜きの南天がお気に入りだったのになあ。
返す返すも残念。
しかしこれじゃ次は洗濯をどうしたらよいものか。

2003.8.21 [木] 

晴れのち大雨、のち狐の嫁入り。
変な天気だった。

今回の旅行で手に入れたお気に入りの品々は、ねずこ下駄、玉すだれ、田中本家美術館のカタログ、自分で機織りした布。
玉すだれはまだ新しいので清々しい竹の匂いがする。そういえば今週末には色々と人に会う予定が満載なので、いっちょ自慢気に見せて驚かせてやろうか。
うーん、これが初舞台か。

須坂の田中本家博物館のカタログは、数ある収蔵品の中からテーマごとに仕分けて本にしたもので、私が選んだのは「田中家100年の子供のおしゃれ」。ほんとにオシャレでかわいくて、小生意気でこまっしゃくれた衣類やおもちゃなどが載っている。見るのも読むのも楽しい1冊。

ここへ行く途中須坂の呉服屋さんにふらりと入ったら、我々の着姿をえらく誉められ、慣れないことだけにげへげへと締まりのない受け答えをしているうちに、HPに載せるので写真を撮らせてください、と言われてしまった。
いいんですか〜、こんなんで?お礼にと商品のハンカチを頂き、お茶までご馳走になってしまった。

写真といえば、小岩井紬工房で機織りをさせて頂いた時にも、着物での機織りだからと奥様が写真を撮ってくださった。
後で駅の鏡に立って、あまりにもひどい格好の自分に驚いた。髪は本当にぼさぼさ、ほつれ毛がぴんぴんと立ち方々へ向きおでこにもはり付く始末、化粧は汗と雨で流れ脂っこく光り、薄く笑ったくたびれた女がそこにいた。こんな状態で機織ってる写真じゃ、小岩井さんのお役に立てなかっただろうなあ。
何しろ、袂が邪魔だからと帯に挟み込み、ペダルを踏むのに四苦八苦したために裾が分かれてあられもない格好。玉すだれの時にもかかなかったような大汗をだらだら滴らして、これで夕鶴のような織り姿になろう筈がない。
また是非行きたいけど、今度はもっと余裕をもって臨もう。

2003.8.18 [月] 上田紬

くもり時々雨。
今日の格好:薄絹黒地白格子着物、麻襦袢、木綿シカゴ半巾、橙色帯締め、麻足袋、桐下駄。

まさか深夜2時まで話し込むことになろうとは思いもよらず、寝たのは3時、しかし今朝の予定は朝5時半起き、松本発7時の電車に乗ること。
陶子さん宅に嵐のようにやって来て、嵐のように引っ掻き回し、嵐のように去っていった私達は、
朝食用のお弁当にと用意してくださった、陶子さん心尽くしのほかほかおやきを、うっかりテーブルに置いて来てしまった。
本当にごめんなさい!他にも色々お世話になっているけれど、私の中ではこの忘れおやきが一番心残り。渡してくださった時のほかほかぶりが今もまだ手に残るようです。
巻き込んで早起きさせてしまいましたが、お陰様で予定の電車に乗れました。またしてもお世話になりました。お旦那様、ぼっちゃん君にもよろしくお伝えください。ありがとうございました。

松本を早朝に出ねばならなかったのは、この後、須坂、小布施、上田に行くからである。
しかも上田へは2時までに着かねばならぬ。
予定では9時頃に須坂に着き、昼頃に小布施に行き、2時までには上田へ着く、
のだが中々うまくいかない。
長野までの車中で出勤ラッシュの皆さまに着物姿を不審気に見られながらもぐーぐー爆睡した挙げ句、乗換駅では寝とぼけてちがう電車に乗ってしまい、予定を大幅に修正することになった。
結果的に小布施行きは割愛したが、それでも須坂の田中本家美術館は素晴らしかったし、
http://www.kanshin.jp/...
本日のメインイベントである小岩井紬工房の見学・機織り体験は忘れられないものになった。
http://www.kanshin.jp/...

機織りをするのはこれが初めてだった。もっと単純で簡単なものを想像していただけに、手と足の連携が難しく、慣れるのに時間がかかった。
私について面倒をみてくださった方が、
「はたいて、踏んで、ドン、はたいて、踏んで、ドン・・・・」
とずっと声を掛け続けてくださったお陰で、どうにか形にすることができた。
この体験用機織りは、つるつるの細いたて糸4本、ほわほわした太いよこ糸4本だったか8本、
で平織りにするが、実際の着尺にはもちろんたてよこ1本づつ、叩く回数ももっと多く、複雑な織りになれば足の踏み分けも難しくなる。
工房へ遅刻して来たために道中で既に汗をかいていた私は、この機織りの最中も滝のように汗をかき続け、指導してくださった方に驚かれた。
ミホちゃんはどうしているかと隣をみると、涼しそうな顔でトンカラリトンカラリやっていた。
私はというと、滴り落ちる汗が目に入りそうになり、顎からおちた汗を2度も自分の布の上に滴らしてしまった。はずかしい。
出来上がった布(花瓶敷)は宝物になりそうだ。これで何かバッグを作りたいものだ。
いちいちにおいてプロとは比べ物にならないが、特に左右の耳が真っ直ぐにならなければ売り物にはならないらしい。
その点、私の耳はでこぼこで、右はまだキレイな方だが左はガタガタ。ミホちゃんの場合は逆に左がキレイ。人によって癖があるのだな。
工房の奥様の楽しいお話と、反物の山とを楽しんで、本日のハードスケジュールは終了した。
着物貯金をしてまた来たいなあ。機織りもまたやってみたい。この花瓶敷がもう一枚あればバッグも作りやすい。

家に着いたのは夜の11時頃だった。疲れたが楽しい旅行でした。
みなこさんにおんぶしてもらい、陶子さんにだっこしてもらい、ミホちゃんに担いでもらい、
大勢の方にお世話になりました。ありがとうございました。

2003.8.17 [日] 町の有名人

くもり時々雨。
今日のナリ:麻紺地蜻蛉格子状配列及南天芝白抜着物、木綿シカゴ半巾、橙色帯締、素足に桐下駄 (つまり15日の格好を浴衣風にしただけ。)

昨夜の親睦会が深夜0時まで続き、飲んだり騒いだりしたので今朝の体調は芳しくなかった。
しかし今日は講習の成果を発表し、電車にも乗らねばならぬ。まだまだ気を抜けないのだ。
発表会には我々の創作玉すだれ、新説・竹取物語も交えて披露し、好評を博した(たぶん)。
講習の締めにはちゃんと修了証も手渡され、夏の思い出になりました。

今日の私達にはこの後もいろいろ予定がある。
明日の長野観光のために、松本へ移動せねばならないのだ。
2泊3日の旅行をお世話してくださったみなこさん、お旦那様、そしてお母様にお別れして、松本へと向った。皆さん、ありがとうございました。面白い講習に誘ってくださって、楽しい時間を提供してくださって、とても嬉しいです。

分かりきっていたことだし、講習の時も既にそうだったが、松本までの車中でもやはり着物を着ているということで我々は妙な視線を集めていた。
あからさまに指差す人、口を開けて見詰める人、質問攻めする人、色々いて面白かった。
ここでいきなり覚えたての南京玉すだれをジャラアァっと伸ばしてみせたら、不可解度が増してなおよかっただろう。
今回の旅行中、着物姿の人を殆ど見掛けなかった。夏だから当然ともいえるかもしれないが、浴衣でさえパーキングエリヤで1人見ただけだった。
古着やアンティーク、普段着などが流行っているのはやはりまだまだ東京や京都などの都市部だけなのだろうか。信州ではかつては養蚕や機織りが盛んだったし、今でもステキな織物が沢山あるだろうに、なんだかもったいないなあ。

松本駅では、お久しぶりです〜!陶子さんがお出迎えしてくださった。おいしいとんかつを食べて、話に花が咲いたと思ったらいつのまにか深夜2時をまわっていた。げげ。
昨夜は親睦会で夜更かしし、明日は明日で松本を朝7時に出る電車に乗る予定なのに、
大丈夫なのか、私達よ。

2003.8.16 [土] 南京無双の玉すだれ

くもり時々雨。
今日の装い:片貝木綿地藍鰹島着物、シカゴ木綿半巾、橙色帯締、素足に桐下駄

昨夜の夜更かしの影響は少なく、のそのそと起き出して、いよいよ田楽座の講習へと向った。
さすがにみなこさんは余裕の表情だが、私はといえば昨日までのお調子者振りは影をひそめ、
車中ではじょじょに無口に。ミホちゃん、あなたは大丈夫か?

玉すだれの受講者は我々を含め10名。太鼓などの受講者も入れると総勢で50名くらいか。
学校の先生や保母さんなどの教育関係の方が大半を占めるようだった。
しかし当然ながら着物姿の参加者は私達3人だけ。
ここに限らず今回の旅程では何回も聞かれたことだが、
何故キモノなのですか?
いつもキモノなのですか?
お仕事で着ているのですか?
どこから来たのですか?
等の質問を浴びせられ、予想通りの注目度だった。うーん、これでは下手なことはできないぞ。

玉すだれは、先生の教え方が上手いせいか割りと順調に身についていったと思う。
「南京玉すだれ」の名前の由来は、南京無双の玉すだれ、つまり外国にも他にないような玉すだれ、ということらしい。
なあるほど。
ハードな運動ではないので大汗かくことはないが、しかし着物(というか浴衣)だから暑い、
ということはまったくなかった。
夜は夜で道場の床に酒や食べ物を置いての親睦会が開かれたが、トレパンにティーシャツ姿の受講者と何ら変りも不都合もなく、一緒に床に座って参加できた。
この格好で太鼓叩いたり踊ったりもしちゃったので、
着物は気取った一部の人達だけのものではない、ということは分かってもらえたのではないか。

そう、私達は太鼓も叩いたのだ。
どんどん参加してください、というので皆素人で適当にやるのだろう、くらいに高を括っていたら、めちゃめちゃ本格的、皆どうして楽譜もミーティング?もなしでああも息の合った同じリズムを刻める訳?
自分の順番が近づくに連れこれはどうにかせねばと緊張し、慣れた手つきで叩いていた若い女性を捕まえ、急遽教えを請うことにした。
親切な彼女は歌うようにリズムを教えてくれたが、残念ながら私には異国のお経にしか聞こえず、出番が来た時には自棄になる勇気もなく、おどおどと叩いて調和を乱しまくっていた。
昨夜、盛り上がったゲーム「太鼓の達人」は、今日のこういうことを見越してのみなこさんの作戦だったのか!しかし「ドラえもん音頭」を叩けるようになったくらいではまだまだ駄目ってことか。
でも、こんなことでもなければできない経験。やって本当によかった。誘ってくれたみほちゃん、鍛えてくれたみなこさん、ありがとう。

しかし、民謡や盆踊りでこれだけ大勢の人が盛り上がれるとは知らなんだ。しかも年齢層が高い。きっと大昔の日本人はこうやって楽しんだんだろうなあと、
昔の日本人のような格好、着物を着た人は他にいないのにそう思った。
いろんな意味でカルチャーショックな夜だった。

2003.8.15 [金] 夏休みの友

大雨。
長野へ移動後はくもり。時々薄日も差した。
今日のイデタチ:麻紺地蜻蛉格子状配列及南天芝白抜着物、木綿シカゴ半巾、橙色帯締、麻襦袢、素足に桐下駄

みなこさん御夫婦とミホちゃんの乗る車に拾ってもらい、
まずはキーワードにある松本のねずこ下駄のお店、斎川商店へ連れていって頂いた。
http://www.kanshin.jp/...
ねずこ下駄って初めて見たが、
桐の下駄より少し重く、色は浅黒い。
ねずこは杉の仲間だそうだが、確かに杉のようなさわやかなニオイがする。
台の表面を硬いブラシかなにかで磨いたらしく、
木目が縦にくっきりと浮き上がったような線状の凹凸があり、素足で履いてもぺったりと足がはり付かない様になっている。
わかりにくい?竹の皮の裏側みたいな、あんな感じ。
私が選んだのは日光と呼ばれる二枚歯の下駄。
ミホちゃんの虎模様の鼻緒の小町下駄は、その日の帯との相性もよく、お似合いだった。

夕方に到着したみなこ邸では、なんとみなこさんのお母様がお出迎えして下さった。
こちらへ滞在の3日間は、このお母様に私のぱんつの洗濯までして頂いちゃって、まったくもって申し訳なくも有難く、実にお世話になった。
晩御飯は、伊那名物のローメン。ラーメンと焼ソバのアイノコのようなものだ。
うまかった。また食べたいなあ。

明日の玉すだれの稽古は田楽座という、伝統芸能を主にした劇団が主催するもので、他に和太鼓や民謡、踊りなどを、毎年春夏に一般から講習生を募って、伊那市の道場で教えている。
http://www.valley.ne.jp/...
玉すだれはもちろん、太鼓も何もかも、私には未知の世界である。
学校を卒業して以来、先生とか教室、といったものから遠ざかり、何か新しいものに挑戦することも少なくなった。それだけに緊張とともに懐かしさやどこか甘ったるいものも微かに感じられ、明日が待ち遠しい。
というか、大丈夫なのか、自分よ。

2003.8.14 [木] 

雨。肌寒かった。

地元の友達に誘われて、ここから車で1時間ほど行ったところにある温泉へ。
その辺りは温泉街なのでそういう宿が沢山あるが、私達が行ったのはいわゆる健康ランド。
それでも3時間くらいかけてゆっくりし、足裏マッサージもしてもらった。
極楽極楽じゃわい。

明日は待望の南京玉すだれ合宿へ出発予定。
楽しみだなあ。
みなこさん、ミホちゃん、どうぞよろしくお願いします。

2003.8.13 [水] 5:14 pm

くもりのち晴れ。
昨日よりはさわやか。
昨日は蒸し暑かった〜。

書類の整理とか雑用をてれてれやった。

梅雨明けが遅かったが、夏らしい日がろくにないまま秋になってしまうのか。
父は毎年、もう夏は終ったな、とか今年の夏は短かったな、
などと一足早く偉そうにいうが、
今年はというと、ないも同然だったのだそうだ。
夏が終った終ったって、あんたは高校球児かっ。

最近なんばのことが頭を離れない。
海外のニュース番組などを見ていると、外国にもなんばの人がいないかと探してしまう。
「鬼平犯科帳」を時々読むが、鬼平もなんばだったのか。
これに出てくる人達も実によく歩いていて、
怪しい人の尾行をしたまま、両国あたりから麻布へ出て、九段下まで行ってみたり、
神田から一旦品川まで出て、千住へ行ってみたり、よくまあこれだけ一日のうちに移動できるもんだ。
これもなんばだからできたことなのか。
なんばなんば、ああなんば。
丹波哲郎のでてた「カタクリ家の幸福」って面白かったなあ。

2003.8.11 [月] 6:47 pm

晴れ。暑かった。

一応お盆ということでパートさん達はもうお休み。
私は製造以外の雑用をだらだらとこなした。
昨日の浴衣を洗った。
そろそろ長野合宿の荷物の準備をしなくては。

2003.8.10 [日] 

晴れ。暑かった。

昨日の夕方に電車が動き出し、昨夜のうちに東京へ来られた。
今朝は映画「パンチラクラブ」、ではない「パンチドランクラブ」を観た。
混むといやなので朝最初の回を観に行ったが余裕で座れた。
おもしろかった。
ちょうどお昼時に見終わったので、そのままエビスでビール飲んでご飯にした。
テラス席で道行く人を眺め、「鬼平犯科帳」読んで、ぼーっとして、しあわせだ〜。

夏の着物の下に着るためにと、クレープのフレアーパンツを探しにスーパーへ行ったが、
となりの紳士用下着売り場を見たら、なんだかこっちのもののほうが涼しそうだったので、
ええい構うものか、紳士物のステテコ(もちろん前アキあり)と半袖肌着を買ってみた。
考えてみれば、うちの父だって「紳士」には程遠いくせに紳士用肌着を着ているのだから、紳士でないという点では私も同じなので、私が着たっていい筈だ。
本当は麻混のがよかったんだけど、またどこかで探そう。
学生の頃、背が高く足も大きい、賢くて美人の同級生がいた。
彼女に、合う靴がなくて大変じゃないか?と尋ねたことがあるが、その答えは、足が大きいので男物の靴も履くことができ、それだけ普通サイズの女性よりも選択肢が広がってよい、というものだった。
そうか。なんて柔軟な。見習わねばならんな。

今日の格好は、去年つくった片貝木綿の藍の鰹縞を浴衣にして着、またしてもこないだのシカゴ半巾を貝の口にしめた。

2003.8.9 [土] 5:59 pm

結局今も家におり、電車はまだ動かない様子。
このままここにいて明日出かけるか。
手持ちぶさただったので、前から考えていた帯締め作りをした。
といっても、チロリアンテープと、同じ巾の綿テープをミシンで縫ってはりあわせただけ。
キレイなチロリアンテープを見る度に、これで帯締めが作れたらいいなあと思っていたのだ。
出来上がっての使い心地は、まあまあ。
やはり本物のような厚みやハリがないので、結び目がきちんと六角形にならず、強く締めすぎると小さくまめみたいになってしまう。
以後更なる研究を要す。

2003.8.9 [土] 10:56 am

台風のため大雨。
昨日から変な天気だったが、
今朝はこのどしゃ降りのために地元の電車が止まってしまった。
週末は必ず出かけているのに、これでは家を出られないなあ。
町内放送ではとこかの道路も通行止めになったと言っているし。(周りが山だらけなので、スピーカーの声が木霊して蛙の輪唱状態になり、何言ってるのかよくわからない)
今日は映画「パンチドランクラブ」を観ようと思っていたのに。
さすがに明日は出かけられると思うが。

2003.8.8 [金] 

変な天気。どしゃ降りになったり晴れたり。少し雷。

借りて来た映画「シークレットサービス」と「ゴスフォードパーク」を観た。
面白かった。
特に前者はお気に入りのハリーとジョンマルコちゃんが出ていて楽しかった。

うちは山に囲まれているせいかテレビの映りが悪い。というか殆ど地上波を受信できていない。
昔からそうだが以前はもうちょっと見られた。
年々と周りの木々が高くなり、近くに高速道路のサービスエリヤができたからだ、と聞いたことがあるがどう関係があるのか。
だから日頃からテレビは殆ど観ず、BSでニュースや映画を観る程度。あとは借りて来た映画を観ている。
時々NHKの人が受信料を徴収に来るけど、
これでも払えって?と砂嵐の画面を見せると諦めて帰って行く。
受信できないのはラジオも同じ。ぜんぜん聞けないのだ。
おかしなことに、車のラジオを聞きながらそのままうちの駐車場に入ると、とたんに聞こえなくなる。
ほんの1m先までは聞けているのにだ。
テレビも近所(といっても1k位先)ではちゃんと見られるのに、何でうちだけが?
おかしいといえばもっと変なのが、こうしてラジオを受信できないくせに、
ときどきどこかのトラック野郎か誰かの無線をうちのラジオで受信してしまうことだ。
しかも気味の悪いことに、電源切ってあるのに、突然スピーカーから変な声が響くのだ。
初めて聞いた時にはびっくりした。ほんとにポルターガイストかと思った。
というか、ポルターガイストでないって証拠もないんだけど。

2003.8.6 [水] 9:32 pm

晴れ。暑いけど気持ちのいい風が通っていた。

週末に着た浴衣を洗濯した。
最後に糊を効かせて竿にかけたら、
粉末糊がよく溶けていなかったために、ぬるり、どろ、
としたものが所々にこびりついてしまった。
面倒くさいので竿にかけたままで問題の箇所をホースの水で洗い流し、放置した。
仕上がりは悪くなかったけど、次回は液体糊を買ってみようか。

2003.8.5 [火] 

晴れのちどしゃ降り、雷。

今日も今日とて暑かったが、夕方から急に雷雨が始まり、あっという間に停電になった。
これだけ立続けに大きな雷が鳴るのは久しぶり。
数秒間に一度はぴかぴかやっていた。
青くて冷たい閃光がはしると、
生木を無理矢理裂くような痛々しい音が、めきめきめき、ばりりっ、
と地響きとともに続く。
こんなことが何回も繰り返され、
やがてかなり大きなどおんっ、という音とともに、電灯が消え、全ての電気製品が止まった。
その頃まだ仕事が終っておらず、製造中の品物がすべて駄目になってしまった。
がっかり。
駄目になっただけでなく、その後片付けにも本来は電気が必要なので、
全て人力での作業は、燃え盛る火の前でのことだけに余計に暑く熱く、
このまま電気が戻らず、挙げ句に風呂にも入れなかったらどうしよう・・・、と困ったよ。
うちの水道は電気が止まると一緒に止まるのだ。
幸いにも30分ほどで復旧し、無事お風呂にも入れました。
最近は停電なんて滅多にないけど、
母の話では、ここへ越して来た30年ほど前にはわりと頻繁にあったらしい。
大雨だっていえば停電、雷でも停電、もちろん台風でも停電。
それに比べればましなほうか。

2003.8.3 [日] 

今日も晴れ。暑かった。

昨日行けなかった「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」へ。
西高島平からの道は、途中に何もない上に日差しを遮るものもないので暑い暑い。
ここへは去年を除く過去数年間、毎年行っていたが、どういう訳か毎回このように暑かった。
展覧会は楽しかった。
帰宅して気付いたが、汗をかいて潮をふいていた。
仕事以外でこういうことになるのって、東南アジアへ行った時以来だ。

2003.8.2 [土] もう一人の私のささやき

晴れ。暑かった。

朝から珍しく晴れ。
暑くなりそうだったので、長襦袢着ずに浴衣にした。
というか、以前作った片貝木綿の藍型染めの単を浴衣のように着てみた。
帯はこないだのシカゴ半巾。

今日は板橋にある区立板橋美術館で、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」を見る予定。
だったんだけど、一緒に行くことになっていた相方が都合つかなくなり、明日行くことに変更になってしまった。そうか、なら最初から別のところに行けばよかったか・・・。

中途半端に時間ができてしまい、とりあえず用事もあったので新宿へ出たところ、
小田急デパートで職人展とかいう物産展をしていた。
さっそく行ってみた。
行ってすぐのところに、ブラシ屋さんがあった。
当然のようにストロー洗いを物色したら、ここのは山羊の毛でできているという。
(当然のように振る舞うな!)
私の持っている「ストロー洗い」よりも柔らかく、サイズも細かくいろいろある。
(あくまでも「ストロー洗い」と言い張るつもりだな!)
実は、今使っている「ストロー洗い」は、やや細すぎると常々思っていた。
(常々使っているのか!)
今のものは直径5�oほどだが、実際の「穴」は7�oかそれ以上ありそうなのだ。
(そんなものいちいち測るな!)
毛足が柔らかければ、実際のサイズよりも心持ち大き目のブラシを使う方がより確実にキレイにできそうだ。
(そんなことにこだわるな!)
お店のオジサンが「何を洗うものをお探しですか?」と他の客に尋ねていたが、同じことをいつ私も言われるかとひやひやした。
(聞かれたらどうするつもりだったんだ!)
前回同様、穴にあてがう訳にもいかないので、指を丸めて大体の大きさの穴を作り、こんなもんかな、とブラシを当てて大きさを確認した。
(怪しい!警備員、早く!)
ジレンマなのだが、同じ毛を使っていても毛が長ければ柔らかく感じ、短く刈り込んであれば硬く感じる。直径7�oのものと1cmちょっとのものと、どちらにしようかかなり迷った。
(どっちでもええがな!)
柔らかくてもでかすぎて入らなかったら困るし、7�oの方にした。
(そんなもの鼻にいれてること自体が困ったことだ!)
今回は用心して、人のいるところでは使い心地を確認しなかった。
(当たり前だ!)

夜、映画「ハルク」を観た。う、うーん、まあ面白かった。
映画館のエレベーターで、新宿タイガーマスクと一緒になった。久しぶりに会った。
前回見たのはは6月か?
映画好きな人みたいだから、この人も「ハルク」観るのかな、と思ったら違うところで降りていった。まだ勤務中か。

2003.8.1 [金] 

晴れ。暑かった。

昨日のシカゴ帯の中のパンフを見てて思い出したけど、
学生の時にサークルの部室の中から大正時代の新聞が出て来たことがあった。
棚の中に古新聞を敷くことはあるけど、よく見たらこれがとてつもなく古い朝日新聞だった。さらに棚を探ると、殆ど手付かずのものが1部出て来た。
大正時代というと、この学校ができて間もない頃だと思う。
なんとなくそこに置いたまま3/4世紀も経ってしまったのだろうか。
その新聞は面白かった。
連載小説は、多分当時としてはちょっと刺激的な内容だったのだろう。
「○○子さんが、布団から首を伸ばして吸い口から水を飲むさまが云々」
とかいうような文があったのをおぼえている。
全体に広告が多い。キッチュな絵が沢山使われている。
わりとのほほんとしていた時代らしく、歴史の教科書に出てくるような事件は載っていなかったと思う。
この部室には他にも面白いものがあって、昔の部誌も数冊出て来た。
部誌というのは、部内の連絡事項を中心に、部員のコミュニケーションを計るための何でもノートで、私達もよく好き勝手なことを書いていたが、
ここで見つかったものには、
「みなさん、安保をどう思いますか?」
などの、学生運動はなやかなりし頃の女子学生達の思いが熱く綴られていた。
私達の頃の部誌といえば、飲み会の予定や、他校の噂話、アイス食いたい〜、はら減った、などの他に果ては、うぐぐぐ・・・とか、すぴょ〜んとかの、意味不明なことが書きなぐられていただけで、こんなに真剣に世を愁うようなことは考えてすらいなかったと思う。
当時を知るある先生が、
女子大の中でバリケードを築いて抵抗したのは、女子美とうちだけです、
とちょっと誇らしげに語っていたのを思い出した。
そういう校風が当時はあったのね。
古いものを見て、当時をあれこれ想像するのは楽しい。
着物にもそれができるから、着物が余計に楽しい。

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