◇ 蔵・・・ゆるゆる雑文/01_05_09 ◇

--------------------------------------------------------●すっぴん おっぱい●
 こう言っちゃナンだが、私のおっぱいだって昔はもっと大きかった。(笑)
アンダーバストが65cm程だったので、国産のブラジャーではサイズが合わず、ルウというフランス製のを気張って大事に使っていた。だからその頃、普段はノーブラ。ちょっと左右に泣き別れだけど、ツンと上を向いた釣鐘型のおっぱいは結構自分でも気に入っていた。そんなわけで、街中でも平気でノーブラで歩いたし、一度なんか天現寺の交差点でYAMAHAのRD50というバイクに跨がり右折待ちをしていたら、交差点中の車から拍手喝さいを受けてしまった。ランニングで前傾姿勢なその姿は、脇からおっぱいがモロ見えだったらしい。しょうがないからテレながら手を振って答えたよ。他にも、おっぱいポロリはよくやらかしたけど、不思議とあまり恥ずかしいと思った事は無い。だって、コレは私の一部だし、誰かをHappyな気分にさせてあげられるモノみたいだし、減るもんじゃないし。(笑)
 そうそう、20年程前は、広告業界にもおっぱいのルールがあった。今ほどタレントがホイホイと脱いだりしてなくて、グラビアなんかで脱ぐ人はヌードモデルと決まっていた。じゃ、どこからが“脱いだ”ことになるのか?...というと、乳首。乳首が見えているとそれはヌードとみなされて、航空会社や銀行関係などの広告に出られなくなると言われていた。ホント、ホント。だから、恥ずかしいとかナンとかじゃなく、乳首を死守する為に手のひらでおっぱいを隠すポーズが多かった。でしょ?(笑)でも、不思議な事に、布が一枚乳首を覆えばオッケーだった。だから濡れたTシャツシリーズだったわけだよ。まぁ、明文化されてたわけは無いから、暗黙のルールって奴だろうけど。
 さて、そんないい感じのおっぱいも、歳と共に小さくなって垂れてくる。若い頃の能天気なノーブラ生活も多いに祟って(笑)、私のおっぱいは随分垂れた。まぁ、今更フェロモンぶんぶんに蒔き散らかして、男を漁る必要も無い訳だからそれでいいのだ。垂れてくれたお陰で、シャツのボタンをもう一つ外せる。つまり、大人なおっぱいって事だわよ。
 ところで、去年93歳で亡くなった母方の婆ちゃんは、骨格やら体形やらがDNAを思い知らされる程、自分に似ている気がしていた。きっと形もよく似ていた婆ちゃんのおっぱいは、薄べったく垂れていて、私は思わず「あぁ、あんな感じで垂れていくんだなぁ」と未来の自分のおっぱいを見る気分だった。歳をとったら、おっぱいなんか邪魔なだけだし、薄べったくコンパクトになるのは運動機能的にも理にかなってる。素晴らしい。
 だからね、おっぱいは時と共に変わっていくのよ。そして、その時々の自然な姿が美しいのよ。皆が皆、寄せて上げて。いくつになっても寄せて上げて。24時間、ブラしっぱなし。それじゃあ、おっぱいが可哀想だよ。

 私は、今の垂れまくったこのおっぱいを愛している。けっこう好き。
ありのままの自分を好きになるのは、きっとこんな事からなんじゃないのかな?
oppai

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